南部杯がなぜ成功したか

南部杯がなぜ成功したか

 岩手の看板レース「南部杯」がなぜ成功したか。いくつかの要因が考えられる。

 勝ち馬がレースの格をあげ、レースが勝ち馬の格をあげる。
 南部杯の歴代勝ち馬を振り返れば一目瞭然。第1回グレートサーペン(高崎)を皮切りに、第2回ダイコウガルダン(上山)、第3回グレートホープ。
 創設から第7回まで北日本地区限定だったが、当時の地方競馬を代表する強豪が名を連ねている。

 第8回からJRA、地方競馬にも門戸が開かれ、ライブリマウントがトウケイニセイを3着に沈めて翌年、第1回ドバイワールドカップへ挑戦。
 以降もホクトベガ、メイセイオペラなどダート界に歴史を残す名馬が南部杯を勝ち、南部杯の評価を上げていった。

 マイル(1600m)にスポットを当てたことも先見の明があった。

 距離体系ができあがる前、ダートは2000mか、もしくはそれ以上がビッグレースの舞台。マイルはあくまでも添え物。条件クラスが走る距離だった。
今もクラシックディスタンスはダートは2000m、芝は2400m。これは普遍だが、陸上の世界と同様、100mランナーにマラソンを要求するのは土台無理なこと。
世界の潮流に遅れはしたが、日本も徐々に距離の文化、住み分けが進んでいった。

 ウオッカなどで知られる角居勝彦調教師がマイルについて興味深いことを書いていた。
「マイルは馬の距離適性を見る分水嶺です。マイル以下のレースはスピードだけの一本調子の競馬でも勝てる。しかしマイルはスピードも必要ですが、どこかでタメを作らなければならない。ジョッキーの指示をきちんと聞けるかどうか。ここに適性が現れる」

 つまりマイルが競走馬の適性をはかる分岐点。現役時代はもちろんのこと、種牡馬入り後も問われる資質だから、なおさらマイルが重要な距離となる。
 しかも時代はどんどんスピードを要求していった。2歳時から活躍できないステイヤーは敬遠され、スピードある競走馬が重宝された。それでも距離の融通性がないと角居調教師が語るように「早熟」と評価を下される。
 だからマイラーが競走馬としても種牡馬としても成功を納めているのは、今の時代に合致したから。

 スピードがあり、ある程度「貯め」もきくから距離をこなせる。NHKマイルを勝ち、日本ダービーも勝ったキングカメハメハが現在、リーディングサイヤー2位も納得がいく。
 南部杯がマイルでなかったら、ここまで評価が上がったかどうか。

 そして最大の成功要因はコース規格だった。アメリカの主要競馬場を範にしてダートが1周1600m、内に芝1400m。
 特に盛岡ダート1600mは2コーナー引き込み最奥に発走地点があり、スタートから直線が約900m。3、4コーナーのワンターンで直線ゴールに向かうコースは紛れがほとんどなし。最強マイラーを決めるのにふさわしい舞台と評価されたからだった。
 今年30周年を迎える南部杯。現在、種牡馬選定競走としても重要なレースとなった。

投稿者 松尾康司


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