Road to 南部杯30th記念コラム~岩手の馬事文化について

岩手の馬事文化について

 高橋克彦氏と明石散人氏の対談集「日本史鑑定」(徳間書店発行)で「文明」と「文化」の定義について触れていた。
高橋克彦氏『―「文明」の「明」というのは明るいということで電気みたいなものに通じますから、日常的な道具の発展を中心としたものが「文明」。
 「文化」の「化」はにんべんがついているんで、精神に関わっているものの発展というのを「文化」としている。だから憲法だとか、暮らしの中で道具とは関係のない部分で発展したものが「文化」。
 精神的なものが重要視されるようになって、初めて「文化」なんです―』(前後は省略)。

 今回のテーマは馬事文化。古くから岩手、いや北東北は名馬の産地と言われてきた。阿弖流為(アテルイ)が坂上田村麻呂へ武装解除の証として名馬・阿久利黒を贈ったとの言い伝えがあるが、西暦で801年のこと。

 この時点ですでに“名馬”の称号を得ているということは、そのはるか以前から名馬の産地であったことを意味する。

 岩手競馬ホームページの中で『岩手競馬のあらまし~岩手競馬前史』を記したが、志し半ば。直観的に朝鮮半島から九州へ入った馬のルーツとは別に、中国大陸との直接交易で導入した馬たちの交配によって名馬が誕生した―とまでは分かったが、実際に調べてみるとあまりにも資料の少なさに愕然とした。また現在進行形で実地調査も事あるごとに行っているが、点がなかなか線に結びつかない。しかし、焦らずじっくり取り組んでいこうと心決めている。

 南部杯の由来は南部氏がブランド化した南部駒による。甲斐出身の南部氏が北東北の在来馬と甲斐国から持ち込んだ品種と交配することで、さらに優秀な馬たちを輩出。この地を名馬の産地として定着させ、当時では信じられないが、血統書まで作成して商品価値を高めた。

 岩手全県下のいたるところで馬につながる地名、馬に関連する名前の多いことに驚かされる。これも馬産地の馬産地たるゆえん。ごく限られた盛岡地域を歩くだけでも同じことが言える。例えば岩手の風物詩・チャグチャグ馬コの蒼前神社の蒼前とは馬の守護神のことである。

 馬といってもさまざまな種類がある。現在、岩手競馬で走っているサラブレッドはイギリスがルーツ。時代のニーズによってさまざまな血種が誕生し、また衰退し、さらに新たな血種が導入されてきた。それが1000年をはるか超える年月を経て今がある。

 明治の頃は富国強兵のため、在来の南部駒に洋種を掛け合わせて大型化を目指した時代があった。それ以前は農耕のための使役馬、ある時代には戦闘のための血統改良も行われてきた。

 しかし、血種がどのように変わっても一貫しているのは馬に関わった人間がこの地域には必ずいた、いるということ。

 高橋克彦氏が文化を“精神に関わっているものの発展”と分かりやすく説明してくれた。まったく共感する。

 はるか昔からこの地域にはホースマンがいて、有形無形でもその精神性が代々受け継がれ、現在の岩手競馬ホースマンにもノウハウが生かされている。これこそがまさに“馬事文化”だと思う。

投稿者 松尾康司


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